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2012年9月10日月曜日

コラム「〇〇学とは何か」 第一回 宗教学


「〇〇学とは何か」とは今月号から始まる新コーナーです。各メジャーに対する疑問について先生にお話しを直接お伺いします。その第一歩としてICUのCであるCRISTIANITYに関連する宗教学について魯先生にお話を伺いました。宗教とは自分の土台、あるいは世界観であり、生命倫理、社会現象、自然観など世界を見るレンズに影響を与えるものです。つまり、宗教とは自らの「羅針盤」であり、方向性を表してくれるものなので、宗教を考えることは人生を考えることでもあります。私は生徒に自分がどのようなレンズで世界を見ているのかということをじっくり考えてほしいと思います。宗教学とは体験や出会いなどの非合理性と合理性両方を含んでいる学問なので、そこから、人間の本性が見えるのだと思います。宗教学メジャーの生徒に『イスラエル社会の離婚観』という論文を書いた人がいます。社会学や経済学などの学問であれば人間にフォーカスを置きますが、宗教学は人間と信じられる対象、超越や神を前提にするバランスのとれた学問なのです。人文学の王と言ってもいいでしょう。

ICUの育児サポート



幸せな結婚の後には、多くの夫婦を待ち構えているのは「育児」という段階だ。育児といえば、最近ICUポータルで「授乳室設置」というお知らせが流れた。授乳室の現状はどのようになっているのか。准教授の生駒夏美先生にお伺いしたところ、2012年5月23日現在の時点で、各部署からの許可を待っているため、まだ実質的に始動してはいないそうだ。使用開始した際には椅子や電子レンジなどを設置する予定。授乳やオムツ替えなど、子供を連れて大学に来た際に便利に使える部屋になりそうだ。
アンケート調査によると88パーセントの生徒が就職先を決める際、産休や育休などのシステムの充実を重要視している。授乳室を設けたICUだが、実際に育児フレンドリーなのか。ジェンダー研究センターは大学側に、おむつ交換台の設置、授乳室の設置、そして将来的には保育所設置を要望した。そのうち前者2つが実現したが、まだ問題は山積みである。

- 産休制度の創立
- 教員に対して育児中の学生・院生への配慮の徹底
- 図書館の20歳以下入館禁止措置と本館への関係者以外立ち入り禁止を見直し、例外措置を設置
- 子供連れが入寮できるシステム作り
- 将来的に保育施設を幼稚園との統合を含め、省職員、学生、院生、非常勤講師が利用しやすい学内保育所の創立
                                 (Gender and Sexuality No.07 2012 p.106)

ICUに対し、育児サポートを求めているのは一つの窓口ではない。ジェンダー研究センター、ICU卒業生により創立されたICRSU、そして個人の学生、先生ご本人など多くの方々が関わっているそうだ。
今は育児に無関係な学生も、その多くが将来的に関わらなくてはいけないことだ。少子化が叫ばれているように、今の日本は育児中の親にとって厳しい社会である。育児をサポートする大学の新しいモデルとして育児フレンドリーな学内を作ってほしい。

【映画評】 BROKEBACK MOUNTAIN

amazonより


 1960年代、アメリカ西部ワイオミング。ふたりのカーボーイ、イニスとジャックは季節労働者として雇われた先の牧場で出会った。過酷な労働の中で次第に友情を深めていくが、ある夜一線を越えてしまう。一度は別れたふたりだが、その数年後たがいに妻子を持つ身で再会し、逢瀬を重ねることになる。ホモフォビアが根強い土地で、思うように会えないもどかしさと孤独がつのるなか、喧嘩をくりかえし、苦悩し、それでも別れられない何かを感じて。そこへ、イニスのもとに一通の手紙が届く…。
 ぬくもりがありながらどこか乾いたような音楽、人間を飲みこむような自然描写が、観る者の胸に孤独をかきたてる。印象的なのは、イニスを演じたヒース・レジャーの存在感だ。イニスの、無骨な中にひそんだ繊細さを静かに演じている。彼はこの映画が公開された3年後に28歳の若さで亡くなったのだが、いまとなってはその事実がいっそう涙をさそう。
 決してゲイの権利を声高に主張するような映画ではない。台詞はそぎ落とされ、ただただ静かに、叶わぬ恋に苦しみつづけるふたりの姿を描いている。しかしだからこそ、彼らの想いが胸に染みてくる。そしてもしかしたら思うだろう、恋をすること、深く愛することの苦しみをわたしもどこかで味わったことがあるかもしれない――と。しずかに、でもふかく、感情を心の底からすくいあげられるような、そんな映画なのだ。

雨と鬱 - How To Survive The Rainy Season In Tokyo


How To Survive The Rainy Season In Tokyo

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Around this time every year, when the spring breeze gradually becomes warm and moist, the clouds become heavier and there is a constant scent of rain in the air.  Japan is one of the few countries where you can experience the rainy season.  The rainy season lasts for over a month in between spring and summer and during this season, people watch the weather forecast every morning, walk around with folding umbrellas and look up at the sky with worried faces.  Japan is also known for its high suicidal rate.  Although the correlation between rain and suicide has not been scientifically proven, studies show that human beings tend to feel more depressed on rainy days compared to sunny days.  Here, I would like to list a few easy-to-do tips to keep your mind from feeling gloomy and stressed during the coming rainy season. 

Walking
Grabbing an umbrella and taking a quick walk during your spare time can be surprisingly relaxing.  The ICU campus is a great place to walk around with good music.

Reading
Reading fiction is the best way to escape your life in this world.  Live someone else’s through your books.  However, this technique could be a little too addictive when you have other things to do.

Meditating
My favorite one.  Light up a few candles and go to your iTunes podcast and search for “Meditation Oasis”.  Practice their guided meditation and when you come out of it, I assure you, the world will seem like a better place.

Sleeping
As a student at ICU, it’s hard to get all the sleep you need.  But depression is often worsened by sleep deprivation.  Try to sleep for at least eight hours every day.  Let your body and mind rest.

These tips may sound too easy, but sometimes it really is all anyone needs.  The rainy season can be dull and frustrating, but once you set a happy mind, you might realize how the flowers and trees become more colorful and how refreshing it is to smell the scent of damp soil and grass.  

Ali Hale, Seven Ways to De-Stress Instantly, May 2011
Melinda Smith, Robert Segal, Jeanne Segal, Dealing With Depression, May 2012

【書評】 風の歌を聴け  村上春樹 著

Amazonより


『風の歌を聴け』は1979年に発行された村上春樹のデビュー作である。当時ジャズバーを経営していた村上春樹はこの作品で群像新人文学賞を受賞し、作家としての道を開いた。後に、彼は「風の歌を聴け」の続編を3冊書き、これらは「羊4部作」と呼ばれ、すべてトップセラーとなった。

『風の歌を聴け』の登場人物は皆少し風変わりで、皆孤独だ。父親の靴を磨くことが日課となっている主人公の大学生の「僕」、「僕」の友達で金持ちでありながらも金持ちを毛嫌いする「鼠」、「僕」と「鼠」の行きつけのジェイズバーのオーナーで中国人の「ジェイ」、ジェイズバーのトイレの床に寝てた指が一本ない家族崩壊中の女の子、時折登場するラジオパーソナリティー。しかし、このような面白い登場人物がいるにもかかわらず、実際のところこの物語はストーリー性がほとんどない。大学生の「僕」が里帰りしたときの出来事が淡々と書かれている。出来事と言ってもたいしたことは起こらない。「僕」と「鼠」の1970年の夏は、ジェイズバーで「25メートルプール一杯分のビール」を飲みながら、生きている間に失ったものや自ら捨てたものについて考えながら、あっという間に過ぎ去る。その単純すぎるあらすじの中で村上春樹はどこまでもノスタルジックに、切なく皮肉な物語を書く。

 この小説は村上春樹の他の作品にはないユーモアも含まれている。彼はこの小説のまえがきとあとがきには「僕」が尊敬する作家のデレク・ハートフィールドのことを書いている。ハートフィールドをヘミングウェイなどの大物作家と比較し、ハートフィールドの人生と作品の不毛さについて語っている。しかしデレク・ハートフィールドという人物は実在しない。『風の歌を聴け』が出版された当初、このデレク・ハートフィールドの本を自分も読んでみたいと言い、図書館に行ってハートフィールドの本を探す読者が多かったという。そこまで細かく実在しない作家について書いてあるのだ。私自信、初めてこの小説を読んだ中学生のとき、デレク・ハートフィールドをamazonで調べ、実在しないと知り驚いた経験がある。このようなユーモアもこの小説の大きな魅力である。

 後ひと月もすればICUも夏休みに入る。まさに『風の歌を聴け』の季節だ。この機会に村上ワールドに足を踏み入れてはいかがだろうか?

ストレスといかに向き合うか



春学期が始まってから約2か月が経った。新入生にとっては新しい生活に少し慣れてきたころだろう。しかし同時に、この時期は「五月病」という言葉が物語る通り、余裕が出てきたからこそ起こりうる精神的な問題も出てくるころである。環境と私たちの心は大きな関わりがあり、時に環境の変化は心に多大なストレスをも生む。
 T-PEC株式会社によると、ストレスとは心に受けた外的刺激によって生じた精神的緊張のことである。つまり、端的に言えば心の歪みだ。ストレスの原因は人間関係など多々あるが、ここでは「環境の変化」とストレスの関係に着眼点を置こうと思う。
 実際に何人かの新入生に心境を聞いてみると、「特にストレスを感じない」という人がいる一方で、「ELAの授業が予想以上に忙しい」、「入学直後は行事ばかりで正直疲れた」、また特に寮生にもなると、「プライベートな時間が少ない」と、環境の変化は程度の差こそあれ学生に影響を及ぼしているようだ。

このように、環境の変化によってストレスを感じている学生は多いようである。
中には家族や友人、また先輩等に相談することによってストレスを軽減している学生もいる。しかし一方で、誰にも言えず一人でストレスを抱え込んでしまう学生もいるようだ。

 環境の変化にともなうストレスの感じ方は人それぞれ。それほど負担に感じない人もいれば、とてつもなく負担に感じる人もいることだろう。そこでストレスを軽減するリラックス法をいくつか紹介しよう。ストレス解消の手助けになれば本望だ。

 ①ぬるめのおふろで半身浴をする

 ダイエットにも効くという話題の半身浴は、同時にリラックス法としても活用することができる。半身浴というのは、38~40度のぬるめのお湯に20~30分、胸から下までつかるという入浴法だ。ぬるい温度のため、心臓や肺に大きな負担をかけないで入浴することができる。半身浴は、重力によって下半身にたまった血液を、緩やかな水圧によって心臓に戻し、リラックスしたときの血流の流れと同じ状態にするという効果がある。また、体や脳の休息に働く副交感神経が活発になるため、心身はリラックスした状態となる。ポイントはぬるめの温度。音楽を聴いたり本を読んだりするのもおすすめだ。

②ハーブティを飲む

 暖かいお茶はほっと一息するときに最適だ。特にハーブティは、ハーブの香りの効果と、飲むことによる薬理効果の両方を得ることができる。ハーブティにはストレスや緊張を緩和してリラックス効果のあるもの、心と体に活力を与えてリフレッシュ効果のあるものなど種類が豊富だ。自分のお気に入りのものを見つけるのもいいかもしれない。

③ストレッチ

 一番手軽にできるものはこれだ。体を伸ばして滞った血行を促進し、緊張している筋肉をほぐすことで、心身のリラックスを得ることができる。ポイントなのは深呼吸しながらゆっくりと、動作を大きくして行うこと。体の動きを意識してやってみよう。

ストレスというものは多かれ少なかれ、誰もが持っているもの。ストレスと上手に向き合い、自分なりのリラックス法で対処していこう。

参考:
・http://www.montsaintmichel.jp/

ICU教会の結婚式


ICUサービスHPより

 新入生をうつくしい花で迎えた滑走路の桜並木も、新緑の頃をむかえ、すっかりそ
の趣を変えた。その桜並木を抜けると、姿をあらわすのが壁面に大きな十字をつけた
ICU教会だ。ふだんは大学のチャペルとして学生にはおなじみだが、ここは同時に教
会員の冠婚葬祭を司る大切な場所でもある。くしくも今月はジューン・ブライドの月。
そこで今回はICU教会での結婚式にフォーカスしてみようと思う。
 
 ICU教会で挙式できるのは、新郎新婦の少なくともひとりがICUの関係者かICU教会員
であること、とされている。予約が多いためということもあるが、結婚式場ではない
ため、ICUにゆかりのない方に対して式を挙げる以上のことを提供できないから、と
北中晶子牧師は説明する。
 
 それでは、いつごろから結婚式は行われてきたのだろうか。ICU教会が完成したのが
1954年。はっきりといつから式が行われたかは不明だが、1953年から二年間ICUで教
鞭をとった神学者エミール・ブルンナーが式を挙げたのがはじめてというから、ほぼ
教会完成と同時にはじまったと言える。時が経つにつれ、ノンクリスチャンのひとも
教会で結婚式をあげることがめずらしいことではなくなり、現在は一年に五十件程度
の式が行われている。つまりひとつき約四、五件。2010年からは学生食堂で結婚披露
宴を行うこともできるようになった。
 
 今回取材をお願いした北中牧師は、ICU教会に赴任されて二年たつ。だが、ICUにい
らっしゃる牧師は宗務部の永田竹司牧師、ポール・ジョンソン牧師、そして教授であ
り牧師でもある先生方など数人であるため、北中牧師の担当された式の数は「数えき
れないくらい」。そしてその中で、考えさせられたことは“キリスト教とノンクリス
チャンの関係”だという。
 北中牧師は、ICU教会に赴任されるまでノンクリスチャンのひとが教会で結婚式をあ
げるということにあまり触れたことがなかったそうだ。教会を模した結婚式場やキリ
スト教式の挙式には触れたことがあってもだ。だが、ICU教会で多くのノンクリスチャ
ンの挙式を挙げるうちに、“ノンクリスチャンの人に、キリスト教にたずさわる者と
してできることがあるんだ”と感じたという。
 
 ところで、みなさんの中にはジューン・ブライドを夢見ている方もいるだろう。そ
のジューン・ブライドの大敵はなにか想像がつくだろうか。梅雨、である。雨が降っ
ているときにちょっとした問題になるのが、ブーケトスだ。晴天の場合は、式が終わっ
たあと教会のすぐ外で列席者が縦に並び、花嫁が教会の階段から花束を投げる…のだ
が、雨の場合はそうはいかない。しかたなく教会の入り口のちいさな屋根の下で、列
席者はところせましと横並びになる。当然花嫁のブーケトスは近距離だ。そういうと
きは必ずと言っていいほど笑いがおきるのだが、「それはそれでこじんまりとしてあ
たたかい感じで、いいですよ」と北中牧師はほほえむ。
 
 最後に何か思い出のある式はあるか、という問いに、北中牧師はすこし考えたのち、
「べただけど、ひとつひとつ(の結婚式)いいんですよ」と答えた。だが、印象的だ
というのは、昨年の震災の影響で挙式を先送りにしていたひとたちの式。人生でほん
とうに大切なものはそれほど多くはない、そしてあたりまえに存在するものではない
という想いとともに一年をすごしてきたであろうひとたちの式だ。そんな彼らの式は、
ほかにもまして、いっそう深いものになるのだろう。
 
 在学生であるみなさんは、すでにICU教会で結婚式を挙げる権利を手にしている。六
月のみどりの風のなかで、ほんのすこし先の未来を見つめてみるのもいいのかも、し
れない。

ICUで、自殺を考える


Ⅰ. ICUの自殺現状


3万人。 この数字が何を示すかご存知だろうか。 これは、日本における年間自殺者数である。つまり毎日90人が自殺はしている計算になる。日本が“自殺大国”と呼びならわされるようになって久しいが、みなさんは大学の、そしてICU内での自殺問題について考えたことはあるだろうか。 自殺を自分にひきつけて考えることを、とかく私たちは回避してしまう。しかし、それをしっかりと正面から見つめることで、いままで見えなかったものが見えてくるようになるのではないか。自分を、そして他者を見つめなおす機会になるのではないか。 今回は特に“身近なものとして自殺を見つめる”、また“ICUの表面化しない事実を知る”という目的から、ICU内にフォーカスして“自殺”を考えていきたい。 まず、具体的な事実を提示しよう。今年に入って自殺者はいない。しかし、毎年ひとりの確率で、自殺または未遂はおきている。 このような現状を知るのは学生部長や学部長など学内でも若干名だと思われる。その背景には亡くなった学生の保護者への配慮が第一にあるが、自殺をあってはならないこととしてタブー視する風潮があるからではないかと西尾隆先生(学部長)は指摘している。 自殺を考えたことがある、もしくは自殺を図ったことがある学生の中には、いわゆる“ローグレ”(Law Grade)による退学勧告を受けた者も少なくない。もともと鬱傾向にあるため成績不良になるひともいれば、成績不良で鬱状態になるひともいる。西尾先生は毎学期三十人前後の除籍対象者との面談をするというが、面談中に涙を流し、胸のうちを明かすひともいる。その中で、線路に飛び込んだ、樹海に行ったことがある…などの話も聞くという。 「(面談中に)何かのはずみでふっと話してくれることもありますね」と西尾先生。先生自身も娘さんの同級生の自殺に衝撃を受けた経験がある。また担当授業を受講していた学生の死にもあった。その学生が自分から手を挙げてプレゼンをした時のレジュメは、あまりに意外だったのでいまでも保管しているという。  「語弊があるかもしれないけど、一度死のうとして生きたひとは、より豊かになるんじゃないかと思う」西尾先生は言う。「でも、“生きることが大事”だよね」 では、“その死のうとして生きたひと”に死を考えさせたものは何か。彼らの、悩みの原因は何だろうか。

Ⅱ. 自殺の原因とは―“悩み”は何か―

 YouthLinkをご存じだろうか。  NPO自殺対策支援センターライフリンクの中で生まれた、休学している大学生や学校に生きづらさを感じている学生のための団体だ。設立のきっかけはライフリンクの学生意見交換会での「生きるのがつらい」という休学生の声。月二回ほど飯田橋で開かれるVoice sharing(語らいの場)で、おたがいの思いを語り合うことがメイン活動だ。関東のみならず近畿地方、北陸地方から始発の鈍行に乗ってやってくる学生もいる。 今回はYouthLinkのたちあげメンバーのひとり、柏原章人さん(ID15)に、自殺とつながる危険性のある、大学生の悩みについてうかがった。柏原さん自身も、ICU入学前他大学で二年間在籍していたが、生きづらさを感じほとんど学校には行けなかったという経験を持っている。 就活への不安。他人との比較による劣等感。そして、一緒に遊ぶことはあっても深いことを語り合えない友達関係。大学生が抱える悩みとしてVoice sharingでよくあがるのは、これらのことだという。そんな悩みから、休学生の中には鬱を抱えているひとも少なくないが、大学では深刻な悩みをうちあけられる友人がなかなかいないために相談できる相手もいない。そして鬱状態がひどくなり…というように、非常につらい思いをしているひとも多い。  ここまでは大学生全般に共通する悩みである。それでは、ICUならではの悩みの原因となるのは何なのか。これに対して、柏原さんは大きく次のふたつではないかと考察する。 ひとつは、“選択肢の多さ”。メジャー制、留学…確かにICUには多くの選択肢の中から選ばなくてはならないものがある。つまり悩むことも多いのではないか。そんな環境で、悩みを抱えるひとの中には、悩む自分を責めてしまうかもしれない。 もうひとつはICU生の外向性だ。ご存知のとおり、ICU生は非常に活発だ。兼部はあたりまえ、勉強もバイトもこなし、長期休暇には海外へ飛び立つひとも多い。そのなかで、周囲のひとと比べて、自分は何もしていないという嫌悪感から鬱状態に陥る可能性もあるという。このことは前章でお話をうかがった西尾先生も指摘されていたことである。 しかし、「悩んだだけ10年後、20年後の自分が豊かになっていくのでは」と柏原さん。「ただ、ひとりで抱え込むのはつらい。一緒に悩んでくれるひとを探すことが大切だと思います。同じ悩みを共有したひとのつながりは強いから。生きづらさがあるからこそ、他の(生きづらさを感じている人と)つながれて、生きづらさが生きやすさになるんです」

Ⅲ. 自己存在の希薄化とは

 最後に、別の視点から自殺について考えてみたい。  お話をうかがった尾崎洋平さん(ID14)は、前章でも登場したNPO自殺対策支援センターライフリンクで、学生アルバイトをしている学部3年生だ。 毎日90人が自殺する国、日本。自殺率を見ても、アメリカの2倍、イギリスの3倍(注) と、先進国の中でも突出した数だということがわかるだろう。そんな日本社会の、普段は表面化してこない側面を見てきた尾崎さんが考える、自殺の原因とはなんだろうか。さまざまなお話をうかがったなかで、ここでは特に“自分の存在意義の希薄化”をとりあげてみたい。 いま、日本社会全体で他者との関係、社会との関係が薄れている。つまり、“自分”の存在を認めてくれる“他者”という存在とのつながりが希薄になっているのだ。そんな中、“自分なんていなくてもいいのではないか”と、自分が存在することの意義を肯定しにくくなり、時としてそれが自殺につながってしまう。 それでは、どのように“自分の存在意義”を取り戻していけばよいのか。それには、なんらかのコミュニティの創出が鍵であるという。 コミュニティは地域でも、前章でとりあげたYouthLinkのようなものでもいい。要は、誰かから心配されている、気にかけてもらえるということが実感できる場所が大切なのだ。実際、フィンランドなどでは自殺防止のためのコミュニティ作りが積極的に行われており、効果を見せているという。その点、少人数で個々の関係性が親密なICUはコミュニティの創出も比較的容易なのではと尾崎さんは分析する。ただ、その関係の緊密さから閉塞感が生まれる可能性もあり、コミュニティへのコミットの度合いは自分の価値判断と照らし合わせて個々で考える必要性もある。 最後に西尾先生や柏原さんが指摘されていた“ICU生は活発な人が多いから、その比較から劣等感に悩まされ、自殺に至るケースが多いのでは”という点をお話してみた。それに対する尾崎さんの反応は「その“活発な人”ほど危ない」ということだった。 尾崎さん自身、高校時代は“活発”だった。ところが17歳の頃、何の特別な理由もなく人と話すことが苦痛になってしまう。病名は、SAD(社交不安障がい)。心の病は誰にでもおこりうることだということを、尾崎さんは身をもって感じたという。“活発な人”ほど危ないというのは、「自分は活発な人間(=心の病とは無関係)なはずなのにどうして」という焦りが、更なるストレスを生む可能性があるからだ。  この“自分は心の病とは無関係”という感覚に、尾崎さんは警鐘を鳴らしている。この感覚が、自殺に対する無関心を生み、更には自殺防止の制度的な遅れをもたらす可能性があるからだ。ICUでもなかなか“自殺”が表面化してこない理由のひとつも、ここにあるのかもしれない。

Ⅳ.最後に

 「ICUで、自殺を考える」と銘打って、三人の方に取材を重ねてきた。この記事の目的は、前述したように“身近なものとして自殺を見つめる”“ICUの表面化しない事実を知る”ということである。ここまで読んでくださった方は、自分が自殺を巡る問題の“他者”ではなく、“当事者”であると感じていただけただろうか。そうして“自殺”に向き合ったいま、私たちは何を考えていくべきなのか。  繰り返しになるが、まず認識すべきは私たちが、悩みと、病と、更に言えば死と、隣り合って生活しているのだということだろう。それは、先に述べた三人の方への取材からお分かりいただけると思う。ICUにも実際に自殺者がいるということ、心に病を抱えたひとがいるということ。病は、たちどまっている人の中にも、一見活発に活動している人の中にも、そしてあなた自身の中にも、潜んでいる。  そして、もうひとつ重要なのは自己肯定、他者肯定だ。西尾先生によると、ご自身がICUの学生でいらした頃は「悩むことは悪いことじゃない」という風潮があったが、いまの学生はさまざまな競争を強いられ、“できない”“やらない”ことへのネガティブな感情が強いのではないかという。  大学という知の集合体において、膨大な知識の洪水の中、つい忘れがちな“自分が自分であること”の重みを、悩みあるひともないひとも、もう一度感じていただきたい。友達との関係の中で、家族との関係の中で、そして自分と向き合う時間の中で。それこそが、自殺をめぐる問題に対して、ICUに生きる私たちが自分のために、他者のためにできることなのではないだろうか。  非常に僭越な文章ながら、この記事を通して少しでも何か感じていただけたなら、うれしい限りである。  最後になりましたが、お忙しいなか時間をかけて取材に応じてくださった西尾先生、柏原さん、尾崎さんに感謝申し上げます。皆さんの取材時のご協力が本当にはげみになりました。時間が許せばもっと深化させた記事を書きたいと思いましたが、それはわたし個人のこれからの課題にしたいと思います。本当にありがとうございました。(松本苑子) (注)清水康之、上田紀行著『「自殺社会」から「生き心地の良い社会」へ』(2010年、講談社文庫)より